我が心、本日も晴天なり

保守の補習時間

実はこれが世界最高のロック・バラード(3) ユー・キャン・ビー・シュア/ピーター・フランプトン

収録アルバムは Peter Frampton

 

 1994年、ピーター・フランプトンのスタジオ11作目。ピーター・フランプトンと言えば、ライブ・アルバム「フランプトン・カムズ・アライブ!」がアメリカで800万枚超のスーパー・ヒットとなったことが有名。

フランプトンはロックと言っても、フォーク(Folk/民族/民謡)の味わいが濃く、代表曲「ショウ・ミー・ザ・ウェイ」でも、郷愁を誘う曲調にアメリカ人がハマったと思われる。

「ユー・キャン・ビー・シュア」の演奏はアコースティック・ギターがメインで、そこにベースとドラムが乗り、エレキ・ギターのソロもあるが、ギター1本のアコースティック・バージョンもある。もともとの郷愁がさらに枯れた味わいになり、シンプルながら心に沁みる名曲となった。

何度の言うように、ロック・バラードのキモはエンディング。サビの熱唱のあと、エンディングではイントロが繰り返され、この美しい曲は返す波のように終了する。

それでは聴いてみよう!

日本のテレビ番組に出演した際の動画のようです。

選択的夫婦別姓 「別姓夫婦の子の氏は、今までと変わらない」は本当か?

 夫婦別姓を推進する人たちは、「別姓夫婦の子どもの氏はどうするのか?」という懸念に対して、「子の氏は戸籍筆頭者の氏になる。今までと変わらない」となぜか判で押したように答えるが、そもそもこれは懸念に対する答えになっていない

「別姓夫婦の子どもの姓はどうするのか?」とは、「父の姓にするのか、母の姓にするのか?」ということであり、また「親子別姓が生じることをどう考えるのか?」ということである。つまり、「そもそも現行法下では生じないことにどう対応するのか?」という懸念であって、これに対して「子の氏は戸籍筆頭者の氏になる。今までと変わらない」と答えても全く意味がない。こんな馬鹿げた言葉遊びは、意図的な「夫婦別姓デメリット隠し」と言われて当然だろう。

 

現行法は以下の通り。

民法第750条 

 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

民法第790条

  1. 嫡出である子は、父母の氏を称する。ただし、子の出生前に父母が離婚したときは、離婚の際における父母の氏を称する。
  2. 嫡出でない子は、母の氏を称する。
現行法下では、婚姻の際に「夫の姓にするか、妻の姓にするか?(ほとんどは夫の姓となるが)」という選択しかなく、これとは別に「子供の姓をどうするか?」という選択肢など存在しない。そのような選択肢が存在するのは、「夫婦別姓推進者の頭の中」や、「近いうちに夫婦別姓が実現するはず、などと勝手な空想を前提に生きている(ふりをしている)者」だけだろう。
そもそも、「別姓夫婦は、あらかじめ子の氏を決めておく」というのはひとつの案に過ぎない。
Q8 別氏夫婦を認めたときの子どもの氏は、どうなるのですか?
A いろいろな考え方がありますが、平成8年の法制審議会の答申では、婚姻の際に、あらかじめ子どもが名乗るべき氏を決めておくという考え方が採用されており、子どもが複数いるときは、子どもは全員同じ氏を名乗ることとされています。

「あらかじめ子どもが名乗るべき氏を決めておく」ということと、「子どもは戸籍筆頭者の氏を名乗る」は別のことである。現行法では、「子どもは結果的に戸籍筆頭者の氏を名乗っている」に過ぎず、子どもの氏を選ぶために戸籍筆頭者を決めているのではないからだ。

戸籍筆頭者とは
各戸籍の最初に記載されている人。民法旧規定の戸主とは異なり、法律的な権利関係を意味するものではない。原則として、婚姻の際に氏を変えなかった側の者をいう。
大辞林 第三版

とあるように、「戸籍の記載方法」である。

現行法(夫婦同姓)下で、婚姻時に「どちらが戸籍筆頭者になるか?」などという発想は通常存在しない。

 

夫婦別姓が実現しても、子どもの氏は戸籍筆頭者の氏になるから、今までと変わらない」のウソは以下の通り。

 

①別姓実現時のひとつの案に過ぎない「子どもは戸籍筆頭者の氏」を、まるで決定事項のように取り上げている。

②「(別姓)夫婦の婚姻」と「子どもの氏」は本来単独で存在しうるものである。別姓婚も同性婚も、「結婚を当事者のみのものとする(出産と育児を前提にしない。女児より男児が求められる風潮になどにも対抗)」との認識のもとでなければ進まないものだ。ところが、ことが「子の氏」に及んだ途端、「それは従来通り」と臆面もなく主義を翻す無節操ぶりにはあきれるしかない。

アメリカのジェンダー論者は、子の氏についてどうすれば男女平等になるか悩んだ結果、「コイントスで決める」という方法を選んだ(冗談なのか本気なのかは不明)。つまり、本来「子の氏」を決めるなら様々な方法があり得る。「子は誰から誕生姓を引き継ぐか」を見ると、「父の姓を受け継ぐ」が世界の主流。別姓論者なら、この慣習にこそ突撃してほしいものだ。すなわち、「女の子は母姓、男の子は父姓」などを主張すべき。

Choosing Children’s Surnames | Psychology Today

しかし別姓推進派は、普段は現行法を男尊女卑だの封建的だの批判しておきながら、「子の氏」に関してはなぜか「従来通りだから問題ない」とする矛盾。「従来通りだから問題ない」のなら、そもそも夫婦別姓など必要ない。

③別姓夫婦の子の氏については、当然のことながら両家親族を巻き込んでの「氏の争奪戦」があり得る。この争奪戦が、表立った争いにならなかったとしても、望みが叶わなかった親族に何かしらの感情が芽生えることは、ある程度人生経験のある人なら理解できるだろう。

④「別姓で結婚すること」までは合意できても、「子の氏」について合意できず、結果として結婚に至らないこともあり得る。これは、結婚と共に子の氏が自動的に決まる現行法下ではあり得ないことである。

⑤別姓推進派からは、「戸籍筆頭者は、夫婦に主従をもたらすもので差別的」や、「戸籍筆頭者の交代制」、さらには「戸籍の廃止」という意見すらあるのに、子の氏に限っては「筆頭者の氏で変わらない!」となぜか大威張り。別姓推進派の支離滅裂ぶりは、一層激しくなっている。

世界の夫婦別姓事情 「夫婦別姓ができない日本は古い」は本当か?

夫婦別姓を選べないのは日本だけ」との主張がある。この主張は、「日本だけが世界の潮流から遅れている」との意味を含めて使われており、まるで世界各国では夫婦別姓が当たり前のように行われているとの前提の上に立っている。本当にそうだろうか?各国の「別姓事情」を少し詳しく見ていくことにしよう。

 

英語圏では

In the past, a woman in England would assume her new husband's family name (or surname) after marriage; usually she was compelled to do so under coverture laws.
This remains common practice today in the United Kingdom and in other common law and Anglophone countries and countries. Examples are Australia, New Zealand, Pakistan, Gibraltar, Falkland Islands, Ireland, India, Philippines, the English-speaking provinces of Canada and the United States. In some communities in India, spouses and children take the father's first name or proper name.

In the lowlands of Scotland in the 16th century, married women did not change their surnames, but today it is the norm to do so.

Usually, the children of these marriages are given their father's surname. Some families (mainly in the USA) have a custom of using the mother's maiden name as a middle name for one of the children—Franklin Delano Roosevelt received his middle name in this way or even as a first name. Spessard Holland, a former Governor of Florida and former Senator, whose mother's maiden name was Virginia Spessard, received his first name in this way.

※1

過去には、イギリスの女性は結婚後に彼女の新しい夫の姓になります。 通常、妻は夫の保護の下でそうすることを強いられた。 これは今日イギリスでも他の慣習法およびアングロフォン諸国でも一般的な慣行であり続けている。

例としては、オーストラリア、ニュージーランドパキスタンジブラルタルフォークランド諸島、アイルランド、インド、フィリピン、カナダとイギリスの英語圏があります。 インドのいくつかのコミュニティでは、配偶者と子供たちは父親の名または正式な名前を使います。

16世紀のスコットランドの低地では、既婚女性は姓を変更しませんでしたが、今日はそうすることが標準です。

通常、これらの結婚の子供たちは彼らの父親の姓を与えられます。一部の家族(主に米国)は、子供の1人のミドルネームとして母親の旧姓を使用する習慣を持っています。フランクリン・デラノ・ルーズベルトは、このようにまたはファーストネームとして彼のミドルネームを受け取りました。フロリダ州の前知事で、元老院上院議員であったヴァージニア・スペサードという名前のスペサード・ホランドは、このようにして彼の最初の名前を受けました。

イギリスは慣習法の国で、明文化された規定はない(基本的にはアメリカも同じ)。

 

 

オーストリア

In Austria, since 1 April 2013, marriage does not automatically change a woman's name; therefore a name change can only take place upon legal application. Before that date, the default was for a married woman's name to be changed to that of her husband, unless she legally applied to opt out of this.

※1

オーストリアでは、2013年4月1日から以降、結婚によって自動的に女性の名前が変わらなくなりました。名前の変更は合法的な申請によってのみ可能です。 それ以前は、デフォルトでは、結婚を拒否することを法的に申請しない限り、既婚女性の名前が夫の名前に変更されていました。

 オーストリアでは、2013年までは「原則夫婦同姓(夫の姓に変える)」で、その後「原則夫婦別姓(申請があった場合のみ改姓)」に変わった。また、「子供の姓について夫婦が合意できない場合は、母姓となる」という規定もあるようだ。

どれくらいの割合で夫婦別姓が選択されているかは不明。

オーストリアの結婚式事情|姓の決まりは?

 

フランス

In France, by executive decision since 2011 and by law since 2013, any married person may officially use their spouse's name as a common name by substituting or compounding it to their own. Before this it was common for married women to use their husband's name in everyday life but this had no legal recognition.

A common name does not replace a person's family name as written on their birth certificate.

※1

フランスでは、2011年以降の執行決定および2013年以降の法律により、すべての既婚者が自分の配偶者の名前を自分の名前に置き換えるか合成することによって、正式な名前として正式に使用することができます。
これ以前は、既婚女性が日常生活の中で夫の名前を使用するのが一般的でしたが、これは法的に認められていませんでした。

フランスには「夫婦別姓」という選択はなく、「原則同姓、複合姓なら可能」と読み取れる。 また「子供は必ず父姓(または複合姓)」という法律もあるようだ。

またフランスで暮らす方のブログを拝見すると、別姓にしている夫婦は「面倒な奴」と見なされるなど、フランスは日本以上に「夫婦同姓の国」なのではないかと思わせる。

夫婦同姓にこだわるフランス: 真(ま)フランスの日常

 

ドイツ

 In Germany, since 1977, a woman may adopt her husband's surname or a man may adopt his wife's surname. One of them may use a name combined from both surnames. The remaining single name is the "family name" (Ehename), which will be the surname of the children. If a man and woman both decide to keep and use their birth names after the wedding (no combined name), they have to declare one of those names the "family name". A combined name is not possible as a family name, but, since 2005, it has been possible to have a double name as a family name if one already had a double name, and the partner adopts that name. Double names then must be hyphenated. All family members must use that double name.

※1

ドイツでは、1977年より、女性が夫の姓を、男性が妻の姓を採用することがあります。 それらのうちの1つは両方の姓から結合された名前を使うかもしれません。 残りの単一の名前は「姓」(Ehename)で、これは子供の姓になります。 男性と女性の両方が結婚式の後も自分の生年月日を保持して使用することを決定した場合(組み合わせ名は不可)、それらの名前のうちの1つを「姓」と宣言する必要があります。

姓として結合姓を使用することはできませんが、2005年以降、すでに結合姓がある場合は姓として使用することが可能であり、パートナーはその名前を採用します。その場合、二重名はハイフンを付ける必要があります。 家族全員がその二重名を使わなければならない。

 

つまりドイツでは、

①夫姓で同姓

②妻姓で同姓

③妻(夫)のみ旧姓を残した結合姓(結合姓でない方の姓を「家族の姓」と宣言する)

夫婦別姓(どちらかの姓を「家族の姓」と宣言する)

⑤すでに結合姓を持っている場合は、家族全員がその結合姓を名乗る。

という規定である。また、第一子につけた姓はその後産まれるすべての子供につけなければならない、という規定もあるようだ。

 

ギリシャ

Since 1983, when Greece adopted a new marriage law which guaranteed gender equality between the spouses, women in Greece are required to keep their birth names for their whole life.

※1

ギリシャが配偶者間の男女平等を保証する新しい結婚法を採択した1983年以来、ギリシャの女性は生涯にわたって誕生姓を保持することを要求されています。

 

ギリシャは、法的には「女性の改姓を認めない」とのことだが、実際上は、配偶者の同意を得て配偶者の姓を名乗ることはできるようだ。

 

イタリア

Spouses keep their original surnames. According to the Italian Civil Code, a woman who marries keeps her surname and has the option of adding her husband's surname after hers. Non-Italian citizens getting married in Italy will not have their surname changed in Italy. However, brides or grooms can request their surname change in their home country.

※1

配偶者は元の姓を保持します。 イタリア民法によると、結婚した女性は姓を保持し、夫の姓を彼女の後に追加することができます。 イタリアで結婚したイタリア人以外の市民がイタリアで姓を変更することはありません。 ただし、花嫁や新郎は、母国で姓の変更を要求できます。

イタリアは1975年までは、妻が夫の姓に改姓するかたちでの「夫婦同姓」だった。その後は夫婦別姓が基本となり、オプションとして、女性が夫姓を加えて複合姓にできる。

夫婦別姓 イタリアの場合 まとめ – Sagra(サグラ)

夫婦別姓!?イタリア人の夫と国際結婚したわたしの6つの行動

 

 

※参考文献・サイト

*1Maiden and married names - Wikipedia

夫婦別姓 名乗るべきは「生家(せいか)」か「夫家(ふうか)」か? ファミリー・ネームについて

「女学雑誌」第242号の「問答」というコーナーに、「細君たるものの姓氏の事」と題された一節がある。これが書かれた1890(明治23)年は、法律上は今で言う「夫婦別姓制」のさなかである。現在の認識では、「別姓か、同姓か」ということになるが、当時の認識で言えば、「妻は生家(実家)の氏か、夫家(婚家)の氏か」という捉え方だったと思われる。

氏の取り扱いの大まかな流れは以下の通り。

  • 徳川時代 一般に,農民・町民には苗字=氏の使用は許されず
  • 明治3年 平民に氏の使用が許される
  • 明治8年 氏の使用が義務化される
  • 明治9年 妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制)
  • 明治31年 夫婦は、同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)

法務省:我が国における氏の制度の変遷

 

 明治23年夫婦別姓下の暮らしを伝える「女学雑誌第242号」の内容

女学雑誌 第242号 細君たるものの姓氏の事 ふみ子 - 我が心、本日も晴天なり

 

「一家一姓 ひとつの家にひとつの姓」の原則

結婚した女性を「〇〇(夫の氏)婦人」と呼ぶことは、西洋でも一般的なもので、Mrs.〇〇(〇〇婦人)がそれにあたる。「夫の氏+その妻」という呼称なので、氏はひとつしか使われず、これを現代風に言えば、別姓ではなかったという意味で「夫婦同姓」ということになるが、「夫婦ともに同じ家名(ファミリー・ネーム)を名乗る」と言えばより正確だろう。

武家の場合も、結婚後は「大石内蔵助の妻りく」と言う具合になり、また特に出自を示す場合は「石束毎公の長女りく」などとなるのが一般的だったと思われる。現代では「大石りく」とも呼ばれるが、当時の呼称ではなかったようだ。

「大石りく」と名乗らなかったことを、現代の言い方に当てはめれば、同姓ではなかったという意味では「夫婦別姓」ということになるが、

「一家一姓」であったことを考えれば、「夫婦同姓」に分類することもできる。ただし、「女学雑誌第242号」に、「妻は日常は夫家姓を使ってもいいけど、後世まで残るような書類くらいは、生家の姓を書きましょう」とあるように、署名にどう書くかについては様々なケースがあった、と考えたほうが良さそうだ。

明治になり、全ての国民に氏が義務づけられると、氏の取扱いを統一する必要が出てきて、「生家の氏を本名とするか、夫家の氏を本名とするか」の混乱が見られた。

明治9年には「嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用ユヘキ事(結婚しても生家の氏を使用すること)」との布告が出されるが、これは結婚したからといって、「大石りく」になるわけではない、という武家の理論から導かれた「夫婦別姓(生家姓保持)」ではないか、と考える。

【戸籍こぼれ話】続戸籍をかけたたたかい | 情報誌「新風」 | 地方公共団体の皆様へ | TKCグループ

 

しかしこの布告には、特に庶民にとって「実態に合わない」として反発も多かったようだ。

  • 「嫁家ノ氏ヲ称スルハ地方ノ一般ノ慣行」(宮城県の伺い)
  • 「嫁した婦人が生家の氏(姓)を称するのは極めて少数」(東京府の伺い)

昔は夫婦別姓だったのか? 再論 -学者の無知と誤解 ー - 小松格の『日本史の謎』に迫る

 

「女学雑誌」でも、「尤便宜序上より申せば、一軒の家にして、二個の姓氏あるは、不都合」と、「一家に二つの姓があるのは不都合」と述べていることに注目したい。英語でいうファミリー・ネーム、一家はひとつの氏の元に集う、との概念である。

surname:あなたが両親と共有する名前。また既婚女性はしばしば夫と共有する。英語ではフルネームの一番後に表記。
surname | ロングマン現代英英辞典でのsurnameの意味 | LDOCE

family name:家族の全メンバーが共有する名前。
family name | ロングマン現代英英辞典でのfamily nameの意味 | LDOCE

 

選択的夫婦別姓のように、「結婚後も自由選択で夫家の氏を取らず、生家の氏を保持できる」となると、例え別姓選択者がどんなに少数であっても、氏から「家族名を表す」という意味/属性は消失して、「氏も名も個人のものであり、家族を表す名前ではない」との大変革が全国民に強制されることになる。

もし、氏に「家族の名前」という意味/属性を残そうとするなら、家族同氏を原則とする「例外的夫婦別姓」でなければならない。

平民も武家も公家も、日本古来の家と血統の名称である氏を名乗るというのが、日本史にずっと流れる基本的な常識だったのは間違いありません…

現在提唱されているような夫婦別氏の制度は、氏を「個人の名称の一部」と見做し、家という考え方を否定するものですから、江戸というよりか日本史上一度もあった例はありませんでした

明治以前、日本が夫婦別姓だった頃、特に江戸についてお尋ねします。これは、「... - Yahoo!知恵袋

 

どの国でも、「家の概念」というものがあり、家族の誰かが孤独に社会に放り出されることがないように、あるいは社会の中でその一家が弱者とならないように、協力/団結する知恵を重ねてきた歴史がある。「一家一姓」や、ファミリーネームが象徴する家族の利点を全く見ようとしないで、「家制度はもっぱら個人を縛るもの」という怨嗟的(ルソー的)な発想で、家に関するあらゆる規制を取り壊せば幸せになれるとの思想、特に選択的夫婦別姓が導入されればあれもこれも救われるとの主張は、あまりに短絡的な幻想と言える。

この「家(イエ)を憎悪する思想」の源流は、ルソー→マルクスレーニンと連なっている。戦後のWGIP民法改正においてGHQ悪玉論が未だに蔓延っており、「左翼がGHQの歴史を隠蔽している」とさえ主張するが、GHQ悪玉論によって日本国内の共産主義者の策動が隠蔽されるので、GHQ悪玉論はむしろ共産主義者を利するものになっていることに注意を促したい。

GHQは、「旧民法の方が正しく、新しい民法の方が間違っている」と、民法を改悪するコミュニスト我妻栄/中川善之助らに忠告し抵抗した。その理由は、家族のきずながバラバラになる恐れがあるとの懸念であった。GHQは家族重視の米国人たちであり、その見識はやはり正しかった。後年、我妻栄らは、GHQをうまく騙して家制度を潰した功労者はオレだ、自慢している。

*1

 

「氏から家族の名前という意味をなくしたい」との意図がないのなら、「例外的夫婦別姓」を要望するのが当然だろう。それならば、「別姓にしたい人がするだけ」との言い分も成り立つが、「氏から家族の名前という意味/属性」を(全国民から)奪う「選択的夫婦別姓」については、「したい人がするだけ」との言い分は全く通用しない。

 

 

参考文献

*1 中川八洋 『民主党大不況(カタストロフィ)―ハイパー・インフレと大増税の到来』清流出版 2010年7月

選択的夫婦別姓 夫婦同氏を定めた明治民法が離婚を劇的に減らした理由

明治民法がもたらしたもの

明治民法は、家制度を強化して男尊女卑を定着させた、との評価があるが、これは本当なのだろうか。古い「家制度」をことさらに憎悪する思想によって、明治民法の本来の姿が捻じ曲げられているのではないだろうか。

当時の資料を参照しながら、明治民法によって人々の生活がどのように変化したか、実際のところを見てみよう。

 

民法の大きな流れ

  • 1890(明治23)年 旧民法。施行されずに終わる。
  • 1896(明治29)年 総則、物権、債権
  • 1898(明治31)年 親族、相続
  • 1947(昭和22)年民法(現行民法)

 

明治民法の評価は、およそ以下のようなものが多いと思われる。

 この法律の中心は、男子を優先させて女子を従属させ、男子の中でも長男のみに権限を集中し…。

この明治民法のように世代差・続柄・性別の差異を強めて極度に家の存続を重視した制度は、世界に類がない。

*1(P49)

 この評価は、当時の日本を後の民主/人権思想から評価しているきらいがあり、基本的に家制度=古くて人権を軽視した制度、という視点で書かれている。しかし、逆に言えば家制度を否定的な視点で見たにも関わらず、明治民法には評価すべき点があったとすれば、かなり公平な評価となるはずだ。

立法者と施政者は、「家」の原理こそ日本家族の最重要事と考えたのだが…大多数は、「家」に見合うに足る資産も社会的地位も持たない庶民であったから、普通の家族には最初からなかなか適合しなかった。

*1(P50)

明治民法は家父長制の特徴を残していたが、武家と庶民の生活様式の違いを考慮して、従来の「夫婦別氏制」を「家族(夫婦、親子)同氏制」と改めるなど、庶民型/西洋型を指向した部分もあった。

また明治民法は、当時の不平等条約を改正する役割もあり、不平等条約を改正するためには、国内法が国際標準に合わせた形で整備されていることを海外に示す必要があった。日本の近代化/国際化には、こうした要請もあったのであり、やみくもに西洋にかぶれたわけではない。

大きな側面では(あまり言われていないが)、不平等だった条約改正に役立ったことである。アメリカ・ドイツ・ロシアなどはこの制定を持って、明治32年に改正に応じて治外法権が撤廃され、国際法的も先進国の仲間入りができた。

*1(P51)

 その他、国民生活に直接的に影響したものを列挙すると、

  • 第七百四十六絛 戸主及ヒ家族ハ其家ノ氏ヲ稱ス(戸主及び家族はその家の氏を称す)と、妻も子供も戸主と同じ氏を称することになった(家族同氏。夫婦同氏、親子同氏) 第一コンサルティング株式会社 明治民法
  • 婚姻可能な年齢を男子満17歳、女子満15歳と定めた。これにより早婚を防止したことが評価された。
  • 重婚の禁止。少なくとも戸籍上では一夫一婦制となった。
  • 婚姻の届け出が、当事者二人と証人二人の署名(口頭でもよい)と簡素化された(男女とも25歳未満は両親の同意が必要)。以前にはあった費用の納入と儀式の義務がなくなり、世界でも最も簡素な婚姻手続きとなった。

 などである。

 

離婚の急減

明治民法(明治31年)施行後、離婚率が歴史的に減少したことはあまり知られていない。離婚率の急減にはどのような背景があったのか、見てみよう。

  • 明治30年 離婚件数12万4千件 離婚率2.8
  • 明治31年 離婚件数9万9千件 離婚率2.3
  • 明治32年 離婚件数6万6千件 離婚率1.5

以後、昭和戦前期まで6万~4万件と減少が続いた。

離婚率がこれほど大きく変動した時期は、戦前戦後を通じて他にない。

*1(55P)

図録▽婚姻率と離婚率の長期推移

 

 まず、離婚する場合の手続きは従来とほとんど同様で、明治民法で特に離婚が難しくなったわけではない。裁判をしない協議離婚が99%を占めていたが、この協議は、立場の強い男性に有利に働き、名目上は協議離婚でも、実態は夫側の都合による「追い出し離婚」に利用された、とされる。これは夫本人だけでなく、夫側の親族の思惑(あんな役に立たない嫁は離縁しろ)が働いていたのではないかと思われる。実際、それ以前の離婚訴訟は両親と親族が共同原告になっていた。

『百年前の家庭生活』では、離婚が減少した理由として次の3つをあげている。

  1. 離婚届に「婚姻に同意した者の署名」が必要であり、これについて「役場のチェックが厳しくなったのではないか」との思惑が生じたこと。
  2. 離婚時の子供の親権が父親優先であったこと(子供のために離婚を抑制)。
  3. 少なくとも表面上、親が離婚に積極的に関与することはなくなったこと。

1.の「役場のチェックが厳しくなったとの勘違い」は、そのように思った人もいたとは思われるが、離婚率が2年で半減するほどの要因とは考えにくい。

2.の「離婚時の子供の親権が父親優先」については、おそらくそれまでと変わらないもので、明治民法を機に変化したものではないから、やはり離婚急減の理由とはならないと思われる。離婚時に、父親に親権/監護権が優先されることは、当時のドイツやフランスも同様のものであり、明治民法が特に男尊女卑だった、というわけではない。

明治民法制定当時の西欧家族法もまた、多かれ少なかれ父の優位を規定…1896年制定のドイツ民法では、離婚の際は無責の配偶者が監護し、双方有責の場合は、女子および6歳以下の男児は母が監護するが、母の監護は子を代理する父の権利には影響がないとされた…フランスのナポレオン民法…も、監護権は無過失者に与えられたが…、母が監護者になる場合でも、「父が依然として親権の行使すを保持するとの構成がとられた」…。

つまり、「日独仏いずれの法制のもとでも、かつては原則として父が親権(行使)者であることを前提としつつ…。

離婚後の子の帰属—明治民法はなぜ親権と監護を分離したか—

 

 離婚が急減した主な理由は、3.の「少なくとも表面上、親が離婚に積極的に関与することはなくなった」ではないだろうか。当時の風潮として、家制度と夫のはざまで苦しむ女性を題材にした小説「不如帰(徳冨蘆花)」が大ヒットするなど、女性の間では家制度のくびきから逃れたいとの欲求が根強かったと思われる。

 

 山川菊栄の明治民法

山川菊栄は明治の社会主義を学んだ女性解放思想家。母は水戸藩の血を引く。女性の自立について与謝野晶子と論戦したことも。

山川菊栄 - Wikipedia

 山川菊栄が『武家の女性』の中で、封建時代に離婚が多かった理由を挙げているので列挙してみよう。

  1. 医療事情が悪く、夫の死、妻の死ともに多かった。未亡人となった女性は、子供(特に男子)がいれば婚家に残ることもあったが、子のない場合は一度実家に戻され、再婚相手を探した。
  2. 妻が子供を産まないことを理由にした離婚が少なくなかった。妾や養子をとるといった方法もあったが、皆がそれをできるわけではなかった。
  3. 妻の病気。特に警戒されたのはライ病であったが、それほどの病気でなくとも、療養が長引けば実家に帰し、さらに長引けば離縁ということがあった。
  4. 離婚を認める要件がはっきりしていないので、姑が嫁を気に入らないというだけの離婚もあった。
  5. 離婚の9割が婚家の都合によるもので、嫁の自己都合による離婚は例外中の例外。

と、「婚家(姑など)の意思による離婚が多かった」としている。これは、「明治民法が追い出し離婚を抑制した」との見方と一致する。

山川菊栄が優れていたところは、こうした封建時代の旧弊の下であっても、人々が無条件にそれを受諾して冷徹に生きていたのではない、ということを見通していたことだろう。

同時に妾をそういう理由で斬り捨てるというようなこともあまり例のないことでしょう。いつの時代にも、どの程度にか、人情と常識とが人間同士の関係を調節する作用をもたないことはなく、血の気のない法律や制度を、機械的、公式的に実施する者は多くなかったでしょうから。

*2(P144)

 

では、山川菊栄が明治民法について直接語った部分を見てみよう。

わが国の離婚率は…殊に明治三十二年民法の制定によって、妻の地位が従来よりはるかに安定し、みだりに離婚ができなくなってから、急に低くなっております。

…女性にとっとも社会にとってもまことに喜ばしい進歩と考えなければなりません。

…明治以来の社会の進歩は、日本の女性のため、かつ国民全体のために祝福されなければなりません。

*2(P145~146)

 この時期の離婚の急減については、ことさらに「家制度」を憎悪する思想により、まるで、「明治民法が妻を家に縛りつけたから離婚できなくなった」との言説を弄する者も少なくないが、全くの見当違いであることがわかるだろう。

明治民法は、結婚/離婚を「家」から(少なくとも法律上)切り離し、当事者夫婦の問題とした。この民法で「夫婦同氏」と定めたのも、結婚/離婚問題と同様、夫婦に対する家の過剰な関与を弱めるという点で方向性を同じくしていたと思われる。

 

 

参考文献

*1『百年前の家庭生活』湯沢 雍彦/奥田都子/中原順子/佐藤裕紀子 クレス出版(H18/11)

*2『武家の女性』山川菊栄 岩波文庫(H21/2)

女学雑誌 第242号 細君たるものの姓氏の事 ふみ子

「女学雑誌」とは、1885(明治18)年7月20日創刊。『日本の婦女をしてその至るべきに至らしめんことを希図す』とする、『女性の地位向上・権利伸張・幸福増進のための学問』の刊行物である。

女学雑誌 - Wikipedia

 その第242号(1890(明治23)年)の「問答」というコーナーに、「細君たるものの姓氏の事」と題された一節があり、これを「選択的夫婦別姓」の推進/賛成派が嬉々として提示する場面を見かけるのだが、その内容を読めば、むしろ「選択的夫婦別姓」の論拠(日本の伝統は夫婦別姓)を否定する内容だということがわかる。夫婦別姓反対派がこれを提示するなら理解できるのだが、なぜ推進/賛成派がこれを嬉々として提示するのか全く意味不明。

まず実際の記事を見てみよう。これが書かれた1890(明治23)年というと、法律上は「夫婦別姓制」のさなか。氏の歴史を簡単に振り返ると以下の通り。

  • 徳川時代 一般に,農民・町民には苗字=氏の使用は許されず
  • 明治3年 平民に氏の使用が許される
  • 明治8年 氏の使用が義務化される
  • 明治9年 妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制) 
  • 明治23年 女学雑誌第242号
  • 明治31年 夫婦は、同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)

法務省:我が国における氏の制度の変遷

 

問答

問 凡そ夫あるの婦人は、多く其の夫の家の姓を、用ひ居る様に侍るが、右は如何のものにや、少しく紛はしき心地致候、願わくは、御高説伺ひたし。

  成程御尤のお尋、此事については、私も疾くに心付居たる事にて候、私の考にては、理論上より考へ候ても、実際の上より申候ても、里方の姓を称ふる方、至当ならむと存候。全体夫婦とは、婦人が男子に帰したるの謂にはあらず、一人前の男と女が、互に相扶け、相救ふの目的を以て、一の会社を造りたる譯のものならば、何れが主、何れが客といふ筈のものには候はず。故に遵て、夫には夫の姓氏あり、婦には婦の姓氏あるは、素より当然の事に候。左るを、日本のみならず、何れの国にても、兎角男子を主的物と見做し又其主的物たるの実あるとを以て、主に夫の姓氏をのみ用ひ、いつしか、婦の名にまでも、夫の氏を冠らすこととなりしならむ。尤便宜序上より申せば、一軒の家にして、二個の姓氏あるは、不都合故、其夫の姓のみを、持ちうるも宜しかるべけれど、其は他人より、〇〇婦人、或は〇〇御令室など、呼称する時のことにて、自ら何々と、夫の姓氏のみ名乗るにも及ぶまじきを、一時目前の便宜の為のみにはあらで、後世へ遺す書類までにも、往々夫家の姓を用ひらるゝ人あるは、誠に訝しき心地いたし候。西洋諸国にては、如何相成居るか、それは一々存ぜねど、日本とても、戸籍上並に又、墓誌名、墓表などには、全く其里方の姓を用うることと相成居れば、強ちに理屈上より、夫家の姓を用うることと、なりたるにも非るべく、畢竟は日常便宜の為とて夫家の姓を用うることとなり居るならむとこそ存候。左すれば、今日夫婦なるものゝ成立に就て、随分誤解するものもある折柄、かゝるとは、差支へなき限は改めて成るべく婦を夫の付属物のように思はれぬ様、改まつた書付などには、其お里方の姓を用ひられ度ことと思ひ升。

 

口語訳

 だいたいにおいて結婚した婦人の多くは、夫の家の姓を用いているようでございますが、これは少々紛らわしいのではないでしょうか。ご意見を聞かせて下さい。

 なるほど、もっともなご質問ですね。この件については私も早くから気づいていまして、私の考えでは、理論的に考えても、実際上のことから考えても、実家の姓を名乗るのが当然と思います。

そもそも夫婦というものは、妻が夫に所属するようなものではなく、一人前の男女が、相互扶助、助けあいを目的にして、一つの会社を造るようなもので、主従の関係ではありません。だから、夫は夫の姓、妻は妻の姓を使うのが当たり前です。

それなのに、日本だけでなくどの国も、とかく男を主としてその姓を使い、いつしか夫の姓を妻にまで名乗らせるようになっています。

もっとも、一家に二つの姓があるのは不都合なので、そういう場合は夫の姓を使うのはいいでしょうが、「〇〇の奥さん」とか、わざわざ夫の姓を使わずともよい時や、後々まで残るような書類にまで、夫の姓を書くとはどういうことかと疑います。

西洋の国がどうしているかは知りませんが、日本でも戸籍上のこと、墓のことなどや、便利だからとどんどん夫の姓を使うようなことになりかねません。

これでは夫婦というものが誤解されてしまいますし、妻が夫の付属物のように思われないように、正式な書類などには実家の姓を使ったらどうでしょうか

ー終わりー

 

 当時の状況がお分かりになるだろうか。

①日本でも世界でも、「妻が夫の姓を名乗ることが主流だった」ということ。特に日本では、「夫婦別氏制度」の下でも大半の妻が夫の姓を名乗っていた、ということ。

②当時も「女性解放運動」が存在しており、細かな主張内容は時代と共に変わっても、人間の本質は130年前の1890年と変わっていない、ということ。

③女性運動家も、「夫婦は互いに助け合うこと(相互扶助)」と考えていたこと。

④「一家に二つの姓があるのは不都合」と述べていること。

「夫婦別氏制度下」にもかかわらず、「妻はもっと生家の姓を使いなさいよ」と、女性運動家が言わなければならないほどに、「夫婦同氏」が定着していた、ということ。

 

 この「女性雑誌」の記事は、日本国民は自ら進んで夫婦同姓としていた、との歴史を補完しており、それは同時に、人類の大半が、「男女が上手くやっていくために蓄積された歴史の知恵」に則って生きていたんだな、ということを伝えている。

昔も今も、「教条的な権利意識」を振りかざすのはごく少数で、大半の国民が「実利に重んじて、実践的な智恵をもって生活を組み立てていた」ことを伝えている。

また明治期の「夫婦別姓」から「夫婦同姓」への政策転換について中川八洋氏は、1997(平成9)年の時点ですでに、

明治31年民法は「夫婦同姓」としたが、それはこの民法を制定した当時の武家出身の法律家にとって自らの信条である「夫婦別姓」を我慢して近代化路線としての西洋型にコペルニクス的に転換したためであり、また武家以外の圧倒的に多数である農民・町民層が夫婦同姓を好む世論の強さに屈してのことであった。

『国が亡びる』中川八洋 徳間書店

 と正しく解しており、改めて中川八洋氏の「資料力・解読力」に敬服した次第である。

選択的夫婦別姓の推進/賛成派は、「選択的だから誰にとっても不都合は一切ない」との方針を強弁する必要から、あらゆる資料について、「見たいものしか見ない。見たいようにしか見ない」という姿勢になっている。そのような姿勢から、社会のために公平で有益なものを引き出すことは全く不可能である。

トラブルだらけ? 「夫婦別姓(夫婦の姓)」に関するテレフォン人生相談

41歳女性 夫婦どっちもどっちの苗字戦争!だったら事実婚でいいんじゃないの?

41歳女性。「婿に入る」という条件で、結婚相談所で知り合って結婚式を挙げたが、夫は「やはり婿入りは無理」と言う。社宅に入るために(法律上の夫婦でないとできないので)籍は入れた。夫は、「名字を戻したいなら離婚して事実婚にしよう」というが、妻はなぜ離婚しなきゃならないの?と思う。結婚前に同意があっても、実際にはこれだけこじれる、という好例。夫婦の問題なのに、「この夫と一緒にやっていきたいのか、いきたくないのか」という本質から外れてしまっている。

 

こんな人たちの苗字になりたくない

 28歳女性。長男と長女の結婚。夫の親族の受け入れ態勢に不満がある。女性自身に「夫」と選ぶというより、「家」を選ぶという意識がある。「家柄」へのコンプレックスにより、自身の結婚感が捻じ曲げられている例。「自分が軽んじられることへの不満」が肥大しており、「この夫と一緒にいたいのか、いたいくないのか」という本質を忘れている。

 

娘が結婚すると孫の苗字が変わるのが嫌

68歳女性。娘が離婚して子供(孫)がいる。再婚すると孫の氏が変わって跡取りがいなくなってしまう、との懸念。「そんなことより、娘の再スタートをなぜ歓迎しないのか」と説教される。この相談者が持っているのは、「古いイエの概念」ですらなく、「孤独を恐れる」だけの非常に身勝手な主張であることが透けて見える。

 

相続か姓か?養子縁組の目的にギャップがある再婚夫婦

65歳女性の息子(38歳)の相談。息子は相談者の実子だが、相談者は再婚しているので養子縁組して、相続できる立場になって欲しいが、息子が同意しない。

回答「養子になれば相続も受けられるが、同時に扶養義務も生じる。息子の判断を尊重すべし」

 

実家と夫とアタシ、三方よしのハズだった週末婚。火種を作った自覚のない女40歳

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男が改姓する心理を甘く見る母親。「なぜウチの姓を名乗るのが不満なのか」との発想。他人の言葉を、字義通り、額面通りにしか受け取ることができず、「言葉の背後にあるもの」を想像できずに起こった悲劇。