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保守の補習時間

「男女平等」はマッド・サイエンス

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 「男女平等」という四文字はあまりにも軽々と口にされすぎている。だが、「男女平等」は、信仰なくしてはなりたたない宗教的ドグマであって、いわばバーチャル・リアリティ(仮想現実)である。たとえば、男性は出産できないし、女性はほんの一部を除き男性的な体力や筋力を有さない。

もともとフランス革命でうまれた「平等」という近代概念は、「人間はうまれながらにして不平等」の確信を前提として、この不平等を国家権力で平等化するというものであった。

「国が亡びるー教育・家族・国家の自壊」中川八洋

 横峯さくら(2009年賞金王)であっても、男子二部ツアーの予選を突破することはできなかった(2018年)。

テニスのセリーナ・ウィリアムスは、ランキング203位の男子選手にストレート負け。ジョン・マッケンローは、「セリーナは男子なら700位くらい」と言ったが、セリーナを貶める意図はまったくなかった。

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司会者:セリーナ・ウィリアムズ選手について話しましょう。本の中で、世界最高の女子選手とされていますね。

マッケンロー氏:史上最高の女子選手だ。間違いないね。

司会者:そうは思わない人もいるでしょう。世界最高の選手だと言う人もいるでしょう。なぜそう思うのですか?

マッケンロー氏:ああ!いや違うよ。世界最高の選手に間違いないって意味?

司会者:はい、世界最高のテニス選手。ほら、なんで女子選手と言うのですか?

マッケンロー氏:なぜなら、もし彼女がね、彼女が男子ツアーでプレイしていたら、世界700位ぐらいだからだ。

司会者:そう思うのですか?

マッケンロー氏:ああ。セリーナが素晴らしい選手だと思っていないということではない。思っている。だが、現実に起こりそうなのは、セリーナは精神的に非常に強いので勝つような日もあるだろうと思うが、ツアーで、男子ツアーでプレイしたとしたら、全く違う話になるだろう。

 マッケンローは、「間違いなく女子史上最高の選手」とセリーナを讃えているのに、司会者がわざわざ、「なぜ女子選手と限定するのか?」と言ったので、男女の実力差は大きいと言っただけである。

スポーツを完全に男女混合にすれば、女子のトップクラスでも男子の下位にやっと顔を出せるかどうか、という状況になる。「男女平等」とは、そんな状況を望んでいるのだろうか。

男女の実力差は、囲碁・将棋・チェスなどにも存在するため、「女性枠」をつくって普及に努めている。

 馬術という例外を除き、あらゆる競技が男女別で行われているという事実が、そもそも男女が異なるものであることを証明している。

自由社会をより素晴らしいものにするには、だからといって「男女不平等」論である必要はない。イザナギイザナミが相互協力/相互補完において国うみをなしたごとく、美徳ある男性と美徳ある女性とが相互に尊敬し合っている社会をつくることであろう。男女それぞれに同じ職種を与え、同一の権利と同一の義務を課しても、それは「男性の女性化」と「女性の男性化」を招来するだけで、それは男女とも自らの人格を貶めることになるだろう。

「国が亡びるー教育・家族・国家の自壊」中川八洋

 ちなみにイザナギイザナミの国産みとは、「女がプロポーズしたらうまくいかず、男がプロポーズしたらうまくいった」という話で、男女の役割分担というものを端的に表したものである。男性の性質を「能動性」として、自らの責任をもってものごとを始め、あらゆる場面で矢面に立ち、最終的な責任を取れということである。男女の関係の中で、男性が能動的要素として関わることによって、本来の役割を果たすことができると神話の時代からわかっていたのである。

男として、夫として、父として最高の特性に輝いているそんな男性は人間として正しいが、その逆に、男、夫、父を喪失することは好ましいことであろうか。それは人間としての堕落ではないのか。女性も同様に、女として、妻として、母として最高の徳性に輝いているそんな女性は人間として正しいが、その逆に、女、妻、母を喪失することは望ましいことであろうか。それは人間としての堕落ではないのか。

「国が亡びるー教育・家族・国家の自壊」中川八洋

男性が能動性を発揮しない、つまり始まり・経過・終わりにおいて責任を持とうとしないなら、誰かがその責任を負わされることになり、 ものごとは困難さを増す。皆がみな、口をあけて待つヒナのようであれば、その家族には困窮や死が待っていることになる。この能動性は、固定された卵子を目掛けて移動する精子の性質からも確認することができる。

フランスの哲人アレキシス・ド・トックヴィルも「両性のそれぞれの異なっている諸徳性を混同して、男女を平等なもの、似かよったものとしようとする人々がいる。……このように両性を平等化しようとつとめることによって、彼らは両性を共に堕落させている」と述べている(『アメリカの民主主義』)。

「国が亡びるー教育・家族・国家の自壊」中川八洋

 男女平等がもたらすものは、女のように愚痴っぽくだらだらと決断しない男と、男のように粗暴で生活感のない女を増やすだけある。