我が心、本日も晴天なり

保守の補習時間

統一教会(原理研究会)の勧誘の思い出についてのツイート

(1)カルト宗教つながりで、私の統一教会原理研究会)勧誘の思い出を語ってみようと思う。あれは道端で若い男女に声を掛けられたことがきっかけだった。「ちょっとお茶を飲みながら話しませんか?」くらいの言い方だったと思う。

(2)好奇心を持て余していた私は、二つ返事でOKした。サークルの勧誘拠点なのだろう、喫茶店ふうの部屋だったと思う。そこで何かの絵を描かせて、湧いてきたイメージについて話したり、要はちょっとした心理テストのようなものをやった。

(3-1)当時いわゆる精神世界に興味を持っていた私にとって、稚拙に感じた。(見ず知らずの人間に心理テストをやらせ、ウンチクを語る程度で上位に立とうなど、考えが甘い)。私はそう思った。しかし私も男だ。男女ペアの女性の方がちょっと気になってはいた。

(3-2)はっきり言ってブス。どうみてもブス。しかし話し方に嫌味はなく、人も良さそうだ。しかしやや寂しげな印象を感じる。原理にハマるくらいだから、何らかの葛藤を抱えているのであろう。憂いのあるブス。ある種の魅力があると言えなくもない。

(4)今から考えれば、結婚するなら容姿がどうこうより、ああいうタイプの方がいいかもね。その時私はたまたま風邪気味で、それを彼女に伝えたら、高麗人参茶を振る舞ってくれるという。優しいじゃないか。優しいブス。ある種の魅力があると言えなくもない。

(5)温かい高麗人参茶が出てきた。ひと口飲んで、あまりのマズさに思わず口に出してしまった。「ま、マズい!」人が風邪気味だと言うから心配して出してくれたというのに、マズいと言い切ってしまった。しかし彼女は、私のストレートな物言いに笑い出した。

(6)憂いのある寂しげなブスが、楽しそうに笑っている…。私の心にほんのりとした温かさが広がった。(これはなかなかいい子じゃないか) 確か、勧誘当日は大した話はせず、次回の約束をしてその日は別れたと思う。

(7)異性…あらゆる勧誘にはこれが効く。オウム真理教も、学研ムーにレオタード姿の美人信者がヨガの記事を載せていた。このレオタード美人信者に惹かれて入信したものも少なくなかったはずだ。私の場合は美人ではなくブスだったのだが。

(8)「ビデオを見ませんか?」前回約束した日時に訪れると、例の男女が待っており、男がそう言った。(チッ、お前なんかもうどうでもいいんだよ)と思いつつ、一応ひとりで見ることにする。例のブス子がとなりで解説でもしてくれたら嬉しいのだが。

(9)ビデオを見始めて、まず講師の男の風貌に驚く。目が細く、周りが黒ずんでいる怪しい顔。(き、狐にでも憑かれているのか? 狐さまの祟りじゃあ!)どう見ても、人に物を教えられる人間ではない。話の内容も完全にアホじみていた。

(10)原理研究会のいかがわしさは、人づてには聞いていた。しかし、他人の評判で最終判断を下すのはよくない。あくまでも、自分の目で確かめて良否を判断しようと思っていた。(狐憑きが講師を勤めているようでは話にならんな…)これが私の最終判断となった。

(11)さて、彼女とのエピソードと言うと、前述の高麗人参茶に加えて、彼女に言われたひと言が記憶に残っている。それは、「目がすごいですね!」という言葉。「目がすごい」といっても、視力や動体視力の話ではない。前回話をして、別れ際に突然言われたのだ。

(12)勿論、宗教への勧誘なのだから、いろいろ褒めて気分を良くさせる、というテクニックを使う場合もあるだろう。しかし、それまで目を褒められることなどなかったので、印象に残ったのである。本心だったのか、テクニックだったのか。私は本心だったと思う。

(13)ビデオを見終わって、いよいよ原理のメンバーに加わりませんか?という話になった。そこにいたのは私と例の男女の3人。最初から最後まで、このメンバーが変わることはなかった。話の主導は男、彼女はほぼ聞いているだけ。

(14)(狐憑きが講師を勤めているような団体は話にならん。あの狐憑きを追い出して、俺をリーダーにするなら考えてやってもいいがね)と、偉そうなことを考えつつ、メンバーに加わってくれ、と頼む男に、「考えが合わない」みたいな穏便なことを言って断った。

(15)言葉を選び、穏便に、しかし断固としてメンバーに加わることを断った。すると、男は泣き落としにかかってきた。「私のことを助けると思って入ってくれませんか?お願いします!」 は?

(16)たかが2回会っただけの、しかも高麗人参茶も出さず、目も褒めてくれなかった男に、「私を助けると思って…」などと言われる筋合いは全くない。だんだんこの男の軽薄ぶりに腹が立ってきたが、ぐっと我慢した。

(17)今になって思うのである。もしあの時、「私を助けると思って…」と言ったのが男ではなく、高麗人参茶ブス子だったら私はどうしていただろうか? と。

(18)私はきっと彼女に失望していただろう。高麗人参茶も、目を褒めたことも、すべて勧誘のためだったのか。勧誘のために、女を売るようなまねをする人間だったのか、と。

(19)しかし彼女は言わなかった。クソ軽薄男のように、自分との関りを引き合いに出すようなまねはしなかったのである。このエピソードが、ある意味美しさを保っているのは、高麗人参茶は彼女の本当の親切心から出たのだろうということ。

(20)私の目を褒めてくれたのも、本当にそう思ったから言ってくれたのだ、と思えること。彼女との個人的関りを、勧誘のエサに使わなかったこと。私が、ブス子を今でも時々思い出すのは、このような理由による。彼女が、今幸せであることを願ってやまない。

(21)このような、人間の本心からの感情に触れた場合、顔の良しあしなどは全く気にならない、美醜は超越するのだ、ということを知った。私はいずれ『ブスだけどモテる!一緒にいたいと思わせる100の秘密』という本を書こうと思う。ありがとうございました(完)