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女学雑誌 第242号 細君たるものの姓氏の事 ふみ子

「女学雑誌」とは、1885(明治18)年7月20日創刊。『日本の婦女をしてその至るべきに至らしめんことを希図す』とする、『女性の地位向上・権利伸張・幸福増進のための学問』の刊行物である。

女学雑誌 - Wikipedia

 その第242号(1890(明治23)年)の「問答」というコーナーに、「細君たるものの姓氏の事」と題された一節があり、これを「選択的夫婦別姓」の推進/賛成派が嬉々として提示する場面を見かけるのだが、その内容を読めば、むしろ「選択的夫婦別姓」の論拠(日本の伝統は夫婦別姓)を否定する内容だということがわかる。夫婦別姓反対派がこれを提示するなら理解できるのだが、なぜ推進/賛成派がこれを嬉々として提示するのか全く意味不明。

まず実際の記事を見てみよう。これが書かれた1890(明治23)年というと、法律上は「夫婦別姓制」のさなか。氏の歴史を簡単に振り返ると以下の通り。

  • 徳川時代 一般に,農民・町民には苗字=氏の使用は許されず
  • 明治3年 平民に氏の使用が許される
  • 明治8年 氏の使用が義務化される
  • 明治9年 妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制) 
  • 明治23年 女学雑誌第242号
  • 明治31年 夫婦は、同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)

法務省:我が国における氏の制度の変遷

 

問答

問 凡そ夫あるの婦人は、多く其の夫の家の姓を、用ひ居る様に侍るが、右は如何のものにや、少しく紛はしき心地致候、願わくは、御高説伺ひたし。

  成程御尤のお尋、此事については、私も疾くに心付居たる事にて候、私の考にては、理論上より考へ候ても、実際の上より申候ても、里方の姓を称ふる方、至当ならむと存候。全体夫婦とは、婦人が男子に帰したるの謂にはあらず、一人前の男と女が、互に相扶け、相救ふの目的を以て、一の会社を造りたる譯のものならば、何れが主、何れが客といふ筈のものには候はず。故に遵て、夫には夫の姓氏あり、婦には婦の姓氏あるは、素より当然の事に候。左るを、日本のみならず、何れの国にても、兎角男子を主的物と見做し又其主的物たるの実あるとを以て、主に夫の姓氏をのみ用ひ、いつしか、婦の名にまでも、夫の氏を冠らすこととなりしならむ。尤便宜序上より申せば、一軒の家にして、二個の姓氏あるは、不都合故、其夫の姓のみを、持ちうるも宜しかるべけれど、其は他人より、〇〇婦人、或は〇〇御令室など、呼称する時のことにて、自ら何々と、夫の姓氏のみ名乗るにも及ぶまじきを、一時目前の便宜の為のみにはあらで、後世へ遺す書類までにも、往々夫家の姓を用ひらるゝ人あるは、誠に訝しき心地いたし候。西洋諸国にては、如何相成居るか、それは一々存ぜねど、日本とても、戸籍上並に又、墓誌名、墓表などには、全く其里方の姓を用うることと相成居れば、強ちに理屈上より、夫家の姓を用うることと、なりたるにも非るべく、畢竟は日常便宜の為とて夫家の姓を用うることとなり居るならむとこそ存候。左すれば、今日夫婦なるものゝ成立に就て、随分誤解するものもある折柄、かゝるとは、差支へなき限は改めて成るべく婦を夫の付属物のように思はれぬ様、改まつた書付などには、其お里方の姓を用ひられ度ことと思ひ升。

 

口語訳

 だいたいにおいて結婚した婦人の多くは、夫の家の姓を用いているようでございますが、これは少々紛らわしいのではないでしょうか。ご意見を聞かせて下さい。

 なるほど、もっともなご質問ですね。この件については私も早くから気づいていまして、私の考えでは、理論的に考えても、実際上のことから考えても、実家の姓を名乗るのが当然と思います。

そもそも夫婦というものは、妻が夫に所属するようなものではなく、一人前の男女が、相互扶助、助けあいを目的にして、一つの会社を造るようなもので、主従の関係ではありません。だから、夫は夫の姓、妻は妻の姓を使うのが当たり前です。

それなのに、日本だけでなくどの国も、とかく男を主としてその姓を使い、いつしか夫の姓を妻にまで名乗らせるようになっています。

もっとも、一家に二つの姓があるのは不都合なので、そういう場合は夫の姓を使うのはいいでしょうが、「〇〇の奥さん」とか、わざわざ夫の姓を使わずともよい時や、後々まで残るような書類にまで、夫の姓を書くとはどういうことかと疑います。

西洋の国がどうしているかは知りませんが、日本でも戸籍上のこと、墓のことなどや、便利だからとどんどん夫の姓を使うようなことになりかねません。

これでは夫婦というものが誤解されてしまいますし、妻が夫の付属物のように思われないように、正式な書類などには実家の姓を使ったらどうでしょうか

ー終わりー

 

 当時の状況がお分かりになるだろうか。

①日本でも世界でも、「妻が夫の姓を名乗ることが主流だった」ということ。特に日本では、「夫婦別氏制度」の下でも大半の妻が夫の姓を名乗っていた、ということ。

②当時も「女性解放運動」が存在しており、細かな主張内容は時代と共に変わっても、人間の本質は130年前の1890年と変わっていない、ということ。

③女性運動家も、「夫婦は互いに助け合うこと(相互扶助)」と考えていたこと。

④「一家に二つの姓があるのは不都合」と述べていること。

「夫婦別氏制度下」にもかかわらず、「妻はもっと生家の姓を使いなさいよ」と、女性運動家が言わなければならないほどに、「夫婦同氏」が定着していた、ということ。

 

 この「女性雑誌」の記事は、日本国民は自ら進んで夫婦同姓としていた、との歴史を補完しており、それは同時に、人類の大半が、「男女が上手くやっていくために蓄積された歴史の知恵」に則って生きていたんだな、ということを伝えている。

昔も今も、「教条的な権利意識」を振りかざすのはごく少数で、大半の国民が「実利に重んじて、実践的な智恵をもって生活を組み立てていた」ことを伝えている。

また明治期の「夫婦別姓」から「夫婦同姓」への政策転換について中川八洋氏は、1997(平成9)年の時点ですでに、

明治31年民法は「夫婦同姓」としたが、それはこの民法を制定した当時の武家出身の法律家にとって自らの信条である「夫婦別姓」を我慢して近代化路線としての西洋型にコペルニクス的に転換したためであり、また武家以外の圧倒的に多数である農民・町民層が夫婦同姓を好む世論の強さに屈してのことであった。

『国が亡びる』中川八洋 徳間書店

 と正しく解しており、改めて中川八洋氏の「資料力・解読力」に敬服した次第である。

選択的夫婦別姓の推進/賛成派は、「選択的だから誰にとっても不都合は一切ない」との方針を強弁する必要から、あらゆる資料について、「見たいものしか見ない。見たいようにしか見ない」という姿勢になっている。そのような姿勢から、社会のために公平で有益なものを引き出すことは全く不可能である。