我が心、本日も晴天なり

保守の補習時間

夫婦別姓 名乗るべきは「生家(せいか)」か「夫家(ふうか)」か? ファミリー・ネームについて

「女学雑誌」第242号の「問答」というコーナーに、「細君たるものの姓氏の事」と題された一節がある。これが書かれた1890(明治23)年は、法律上は今で言う「夫婦別姓制」のさなかである。現在の認識では、「別姓か、同姓か」ということになるが、当時の認識で言えば、「妻は生家(実家)の氏か、夫家(婚家)の氏か」という捉え方だったと思われる。

氏の取り扱いの大まかな流れは以下の通り。

  • 徳川時代 一般に,農民・町民には苗字=氏の使用は許されず
  • 明治3年 平民に氏の使用が許される
  • 明治8年 氏の使用が義務化される
  • 明治9年 妻の氏は「所生ノ氏」(=実家の氏)を用いることとされる(夫婦別氏制)
  • 明治31年 夫婦は、同じ氏を称することとされる(夫婦同氏制)

法務省:我が国における氏の制度の変遷

 

 明治23年夫婦別姓下の暮らしを伝える「女学雑誌第242号」の内容

女学雑誌 第242号 細君たるものの姓氏の事 ふみ子 - 我が心、本日も晴天なり

 

「一家一姓 ひとつの家にひとつの姓」の原則

結婚した女性を「〇〇(夫の氏)婦人」と呼ぶことは、西洋でも一般的なもので、Mrs.〇〇(〇〇婦人)がそれにあたる。「夫の氏+その妻」という呼称なので、氏はひとつしか使われず、これを現代風に言えば、別姓ではなかったという意味で「夫婦同姓」ということになるが、「夫婦ともに同じ家名(ファミリー・ネーム)を名乗る」と言えばより正確だろう。

武家の場合も、結婚後は「大石内蔵助の妻りく」と言う具合になり、また特に出自を示す場合は「石束毎公の長女りく」などとなるのが一般的だったと思われる。現代では「大石りく」とも呼ばれるが、当時の呼称ではなかったようだ。

「大石りく」と名乗らなかったことを、現代の言い方に当てはめれば、同姓ではなかったという意味では「夫婦別姓」ということになるが、

「一家一姓」であったことを考えれば、「夫婦同姓」に分類することもできる。ただし、「女学雑誌第242号」に、「妻は日常は夫家姓を使ってもいいけど、後世まで残るような書類くらいは、生家の姓を書きましょう」とあるように、署名にどう書くかについては様々なケースがあった、と考えたほうが良さそうだ。

明治になり、全ての国民に氏が義務づけられると、氏の取扱いを統一する必要が出てきて、「生家の氏を本名とするか、夫家の氏を本名とするか」の混乱が見られた。

明治9年には「嫁スルモ仍ホ所生ノ氏ヲ用ユヘキ事(結婚しても生家の氏を使用すること)」との布告が出されるが、これは結婚したからといって、「大石りく」になるわけではない、という武家の理論から導かれた「夫婦別姓(生家姓保持)」ではないか、と考える。

【戸籍こぼれ話】続戸籍をかけたたたかい | 情報誌「新風」 | 地方公共団体の皆様へ | TKCグループ

 

しかしこの布告には、特に庶民にとって「実態に合わない」として反発も多かったようだ。

  • 「嫁家ノ氏ヲ称スルハ地方ノ一般ノ慣行」(宮城県の伺い)
  • 「嫁した婦人が生家の氏(姓)を称するのは極めて少数」(東京府の伺い)

昔は夫婦別姓だったのか? 再論 -学者の無知と誤解 ー - 小松格の『日本史の謎』に迫る

 

「女学雑誌」でも、「尤便宜序上より申せば、一軒の家にして、二個の姓氏あるは、不都合」と、「一家に二つの姓があるのは不都合」と述べていることに注目したい。英語でいうファミリー・ネーム、一家はひとつの氏の元に集う、との概念である。

surname:あなたが両親と共有する名前。また既婚女性はしばしば夫と共有する。英語ではフルネームの一番後に表記。
surname | ロングマン現代英英辞典でのsurnameの意味 | LDOCE

family name:家族の全メンバーが共有する名前。
family name | ロングマン現代英英辞典でのfamily nameの意味 | LDOCE

 

選択的夫婦別姓のように、「結婚後も自由選択で夫家の氏を取らず、生家の氏を保持できる」となると、例え別姓選択者がどんなに少数であっても、氏から「家族名を表す」という意味/属性は消失して、「氏も名も個人のものであり、家族を表す名前ではない」との大変革が全国民に強制されることになる。

もし、氏に「家族の名前」という意味/属性を残そうとするなら、家族同氏を原則とする「例外的夫婦別姓」でなければならない。

平民も武家も公家も、日本古来の家と血統の名称である氏を名乗るというのが、日本史にずっと流れる基本的な常識だったのは間違いありません…

現在提唱されているような夫婦別氏の制度は、氏を「個人の名称の一部」と見做し、家という考え方を否定するものですから、江戸というよりか日本史上一度もあった例はありませんでした

明治以前、日本が夫婦別姓だった頃、特に江戸についてお尋ねします。これは、「... - Yahoo!知恵袋

 

どの国でも、「家の概念」というものがあり、家族の誰かが孤独に社会に放り出されることがないように、あるいは社会の中でその一家が弱者とならないように、協力/団結する知恵を重ねてきた歴史がある。「一家一姓」や、ファミリーネームが象徴する家族の利点を全く見ようとしないで、「家制度はもっぱら個人を縛るもの」という怨嗟的(ルソー的)な発想で、家に関するあらゆる規制を取り壊せば幸せになれるとの思想、特に選択的夫婦別姓が導入されればあれもこれも救われるとの主張は、あまりに短絡的な幻想と言える。

この「家(イエ)を憎悪する思想」の源流は、ルソー→マルクスレーニンと連なっている。戦後のWGIP民法改正においてGHQ悪玉論が未だに蔓延っており、「左翼がGHQの歴史を隠蔽している」とさえ主張するが、GHQ悪玉論によって日本国内の共産主義者の策動が隠蔽されるので、GHQ悪玉論はむしろ共産主義者を利するものになっていることに注意を促したい。

GHQは、「旧民法の方が正しく、新しい民法の方が間違っている」と、民法を改悪するコミュニスト我妻栄/中川善之助らに忠告し抵抗した。その理由は、家族のきずながバラバラになる恐れがあるとの懸念であった。GHQは家族重視の米国人たちであり、その見識はやはり正しかった。後年、我妻栄らは、GHQをうまく騙して家制度を潰した功労者はオレだ、自慢している。

*1

 

「氏から家族の名前という意味をなくしたい」との意図がないのなら、「例外的夫婦別姓」を要望するのが当然だろう。それならば、「別姓にしたい人がするだけ」との言い分も成り立つが、「氏から家族の名前という意味/属性」を(全国民から)奪う「選択的夫婦別姓」については、「したい人がするだけ」との言い分は全く通用しない。

 

 

参考文献

*1 中川八洋 『民主党大不況(カタストロフィ)―ハイパー・インフレと大増税の到来』清流出版 2010年7月