我が心、本日も晴天なり

保守の補習時間

夫婦別姓家族の子供が、姓の違う母親に対して「ママも同じ名字にしてあげるよ!」と宣言 

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上記は、「私は夫婦別姓であることを気にしていませんでした。でも息子は違いました」という記事です。

家族構成は、夫婦と二人の息子、下の子供は5歳です。母親は改姓していないため、他の三人は共通のラストネーム、母親だけラストネームが違います。

 

ある時、下の息子が母親に言いました。

「ママの名前を変えてあげるよ!」

何かの遊びかと思った母親は、

「何にする?エルサ?スパイダーマン?」

すると息子は言いました。

「違うよ!ママの名前を僕と同じにしてあげる!」

 

母親はその時の心情をこう書いています。

ああ。私は何と言ったらいいか、わからなかった。私の夫と息子たちの姓は同じですが、私は違います。年上の息子は私の名前にそれほど気にしないようですが、下の子は気にしていました。そしてそれは彼を悩ませています。

 下の息子は、「ママだけ姓が違う」ことは認識していましたが、ついにそれが「間違い」であり、「正すべきこと」だと考えたのです。

私がみんなと同じファミリーネームではなく、「サイモンさん」と呼ばれるたびに、「ママは家族の一員ではない」と子供に思わせてしまいます。

 

母親は、改姓しなかった理由をいくつか述べています。

・結婚したとき、すでに30歳を過ぎていた。

・そもそも改姓を望まなかった。

・作家(※職業は作家のようです)として、改名によって知人を混乱させたくなかった。

・もし私が有名になったら(※有名ではないようです)、旧姓を知っている人には認識してもらえなくなる。

フェミニストとして、改姓すべき理由がなかった。

・何より、私は怠け者で(※本人がそう言っています)、メールやSNSのアカウントを変えたくなかった。

 

改姓したくない理由は、およそ日本で聞かれる理由と似たようなもののようです。

さて、この母親は、「ママの名前を僕と同じにしてあげる!」と宣言した息子の願いにどう答えたのでしょうか? 旧姓へのこだわりを述べつつも、こう結んでいます。

 

しかしながら、私の個人的な生活の中で、「〇〇の奥さん」と呼ばれることに問題はないと思います。それは私の名前ではありませんが、先生が私を「〇〇の奥さん」と呼ぶようにしたり、私たちの家族が「〇〇一家」と呼ばれるようにしてもらうことが、私の息子にとってもっと心地よくなるならば、私はそうしようと思います。私のクレジットカードをすべて新しくすることも、仕方のないことです。

 

と、対外的にビジネスネームとして旧姓を使いながら、本名は夫の姓に改姓することに決めたように読めます。

※私は英語に堪能というわけではないので、上記日本語訳が正しいかどうか保証はできません。

このエピソードからわかるのは、「母親が旧姓を保持してアイデンティティを保った結果、子どものアイデンティティを不安定にさせる」ということです。

夫婦/家族における個人性の拡大は、自分が負わなかった荷を子どもに負わせるという、「問題の先送り」に過ぎないということを、如実に物語っているのではないでしょうか。

私は、もしこの母親が最終的に、「やはり旧姓を使い続ける」と判断したとしても、一定の評価はしたいと思います。この母親は、両親が別姓であることが子供の、特に幼い子供のアイデンティティにどう影響するかを受け止め、考えたからです。日本では、選択的夫婦別姓を導入した場合にどういう影響が考えられるかについて、まだまだ議論が足りません。議論が足りないどころか、

 

withnews.jp

「困ったことはない。以上」という挑発的なタイトルの、選択的夫婦別姓を推進している朝日新聞が運営するサイトの記事が、「子どもの声」として紹介される程度です。

このような状況は決して健全ではありません。賛成派も反対派も、あらゆる情報、あらゆる議論を自由に出して、選択的夫婦別姓の実態を良く知ることが大切です。